横浜地方裁判所横須賀支部 昭和32年(わ)228号 判決 1958年2月28日
被告人 渡辺市男
主文
被告人を懲役八月に処する。
但し未決勾留日数中参拾日を右本刑に算入する。
押収にかかる折畳式ナイフ壱挺(刃の部分の折れた昭和三十二年領支第八十八号の一)はこれを没収する。
訴訟費用は証人に支給の分を除きその余は被告人の負担とする。
本件公訴中脅迫の点についての公訴を棄却する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和三十二年十一月十九日午後十一時頃から翌二十日午前零時頃までの間、横須賀市船越町五丁目一番地喫茶店キーパーこと田浦千代子方等において、業務上その他正当の理由がないのにあいくちに類似する刃渡十一、三糎の折畳式ナイフ一挺(昭和三十二年領支第八十八号の一、の刃の部分が折れる前のもの)を携帯していたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)(略)
(脅迫の公訴に対する判断)
本件脅迫の公訴事実は、「被告人は、昭和三十二年八月三十日頃横須賀市船越五丁目十四番地渡辺浅次方において、A女(当時二十六年)に対し、同女が自己の意の如く従わないので強いて自己の意のままにせんことを決意し、同家台所より菜切庖丁を持ち出し、これを同女の首筋に押しあて、「声を出すとお前の命も俺の命もないぞ」等と申し向け、同女の身体に対し危害を加えかねまじき態度を示して脅迫したものである。」というのであつて、右の事実は証人A女に対する尋問調書中の供述記載等によりこれを認めることができるが、同証人の右供述記載によれば、当時被告人は同女を右のように脅迫して強いてこれを姦淫したことが認められるから、被告人の所為は強姦罪を構成するものといわなければならない。されば、強姦罪は刑法第百八十条の規定により親告罪であるから、強姦罪の構成要素である右脅迫の所為についても、該強姦の事実につきその被害者である同女から告訴のない限りその罪を論ずることができないのであつて、検察官は本来右脅迫の点のみを抽出して公訴を提起することができないものといわねばならない。従つて、強姦の点につき被害者である同女から告訴のない本件においては、右脅迫の点についての本件公訴の提起は、その手続がその規定に違反したため無効であるといわねばならない。よつて、刑事訴訟法第三百三十八条第四号に則り、これを棄却すべきものとする。
右の理由によつて主文のとおり判決する。
(裁判官 上泉実)